思考の補助線

徒然なるままに、思ったことを書き留めます。

救われないフィクションで、"後悔を先取り"する「Speed ad - Mistakes」

毎週出会った「アイデアの種」トップ3を、

自分なりに深堀りして書き留めます。

 

今週の第2位は、

公開10日で600万再生を突破した交通安全啓発CM

「Speed ad - Mistakes」です。


Speed ad - Mistakes - YouTube

(via http://adgang.jp/2014/01/48608.html

 

子どもを乗せた父親の車が、不注意に道路へ飛び出した瞬間、

時速100kmで迫り来るサラリーマンの車。

 

衝突と思われたそのとき、時間が止まる。

 

それぞれのドライバーが降りてきて、

「申し訳ない、曲がれると思ったんだ」

「急に出てきたら止まれないじゃないか」

「頼むよ、息子を乗せてるんだ」

「スピードを出し過ぎていたんだ。どうにもできないよ。」

と口々に言葉を交わす。

 

でも、もうどうしようもない。

これから起きる運命は、誰にも変えられない。

 

悲惨な運命を受け入れるために車へ戻る父親。

後部座席を振り返り、息子の顔を見つめるーーー。

 

そしてその瞬間、時間は動き出し、車は大衝突する。

 

 

とても恐ろしいCMです。

誰もがきっと、安全運転を心掛けたくなるのではないでしょうか。

 

 

こうした類のCMは、

「新たな行動を促す」通常の商品広告と違って

「既存の行動をやめさせる」ことが目的ですが、

 

多くの場合、効力を持つのは"恐怖訴求"。

特に命に関わる場合は、必然的な訴求かもしれません。

 

 

しかし、この演出の優れているのは、

"恐怖"と同じレベルで"後悔"というメッセージを共存させていること。

そしてきちんと、"救われないフィクション"で描ききっていることだと思います。

 

"ただ恐いだけ"だと、目も背けたくなってしまう。

"ただ後悔だけ"だと、なんだか嘘っぽい。

 

そうした中で、

人が本当に恐れるのは"身体的な恐怖"ではなく

"精神的な恐怖"=取り返しのつかない後悔という優れた着眼点。

 

「事故→後悔」という事実をねじ曲げ、

"後悔を先取り"するという、引き込まれる演出。

 

そして、「後悔→救済」という"よくある奇跡"ではなく、

「後悔→事故」という運命はねじ曲げない、残酷さ。その恐怖。

 

 

いかにもつくりものっぽいフィクションで"後悔を先取り"させながらも、

ドラマや小説で描かれてしまうような

見慣れた奇跡でハッピーエンドにするのではなく、

きちんと運命と向き合い、バッドエンドのノンフィクションに落とし込む。

 

"後悔"と"恐怖"の二つのメッセージを共存させることで、

観る人に強く強く、「その行動はとってはいけない」と思わせます。

こんな方法があったか、とハッとさせられました。

 

 

いじめによる自殺。

乳がんによる妻の死。

 

どうしても防がなければならない社会問題の啓発を訴える表現方法として、

心に留めておきたいと思いました。