思考の補助線

徒然なるままに、思ったことを書き留めます。

"生まれて初めて"の感動が持つ強さ「Sweet Baby Experiences Rain for the Very First Time」

毎週出会った「アイデアの種」トップ3を、

自分なりに深堀りして書き留めます。

 

今週の第2位は、

生まれて初めての"雨"に心を弾ませる赤ん坊の姿をとらえた

「Sweet Baby Experiences Rain for the Very First Time」です。

 


Sweet Baby Experiences Rain for the Very First Time ...

 

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まだ小さい赤ん坊が、

生まれて初めての"雨"を体験したひとときを収めたムービー。

 

もう、ほんと、むちゃくちゃかわいいですよね。。

心の底から"空から水滴が落ちてくる"ことを不思議に思い、やがて

何がなんだかわからないくらいに楽しくなってしまった、その姿。

 

無条件に見る人をなごませ、感動させる、圧倒的な力があるように思います。

 

 

この動画を観たとき、とてもとても優しい気持ちになりましたが、

それと同時に、僕はあるショックも受けていました。

 

それは、「世界は不思議で、素晴らしくて、美しい」という絶対的な事実を、

今ではこんなにも当たり前に受け入れ、

感動できなくなってしまったということです。

 

 

頭上空高く、大きな大きな青が広がっていること。

そこから数多の水滴が、地上に降り注ぐこと。

やがて晴れ間が広がった後に、七色のアーチがかかること。

時が経って周囲が暗くなると、遠くに星が光となって煌めくこと。

 

あげようとしてもキリがなくて途方に暮れてしまうほど、

当たり前に世界は、ダイナミックな美しさで満ち満ちている。

 

 

僕ら人間はきっと、生まれて初めてそれらに出会ったとき、

言葉を失うほどの圧倒的な感動を前に、忘我してしまったことでしょう。

そんな素晴らしいものたちに囲まれ、唆されながら、今を当たり前に生きている。

 

その事実に、あらためて驚かされてしまいました。

 

 

少し脱線してしまいますが、感動できなくなってしまったのは、

何も「大人になったから」だけが原因ではないような気がします。

 

 

昔の大人たちは、

なぜ空があり、雨がふり、虹がかかり、星が煌めくのかを知りません。

だからその"空白"を、神話にもとづく物語で埋めていきました。

人間を超える圧倒的な存在を認めなければ、世界がこんなに美しい説明がつかない。

そう思ったのだと思います。

 

「人間にはわからないもの」。

そう位置づけることで、その神秘や魅力を常に感じることができた。

 

でも、今では科学が発達して、空も雨も虹も星も、

同じものは創れなくとも「人間にもわかるもの」になりました。

その瞬間から、人は世界に対する畏怖を失ってしまったのだと思います。

 

 

ちょっと小難しい話になってしまいましたが、

誰かを好きに思う気持ちも、きっと一緒ですよね。

 

「あの人のココのこういうところが好き」と、

理性的に整理してしまった「好き」は、きっと強い好きではないと思います。

理屈をこねて答えを出してしまった感情は、そのうち薄れて剥がれてしまう。

 

でも、

「なんでかわからないけどとにかく好き」と、

感情的にしか説明できない「好き」は、きっと何より一番強い。

「わからない」ところに神秘があり、「わかりたい」ところに魅力があります。

 

「わかる」は「飽きる」の二歩手前くらいの心の状態だと思いますし、

「わからない」けど「わかりたい」ものこそ、人が強く惹かれ続けるもの。

 

 

空や雨や虹や星といった、どんなに美しいものたちも、

わかった気になってしまった瞬間から、感動はきっと剥がれ落ちてしまう。

 

人間は少し、知りすぎてしまい、求めすぎてしまっているのではないか。

人は本来、雨でこんなにも感動できるのだから。

 

この動画を通じて、そんなことまで考えさせられてしまいました。

"生まれて初めて"という強い感動は、

"わからないけどすごい"ことで、何度でも感じられるのかもしれません。

 

 

もっと、赤ちゃん発想で世界を見つめたい。

生まれて初めて「それ」を見たとき、どんな感動が生まれるのだろう。

 

 

また、人は"生まれて初めて"に弱い生きものだからこそ、

生み出す商品やサービスがどんな「生まれて初めて」を生んでいるのか、

そうした発想から強い言葉やアイデアを創ることもできるかもしれません。

 

はじめてサインを求められたのは、セゾンカードを手にした18歳の春でした。 ー セゾンカード

「元気でいてくれるだけでいい」が、本当のことだと 親になって知りました。 ー グリコ

 

やっぱり、強いです。