思考の補助線

徒然なるままに、思ったことを書き留めます。

"まなざし"を変えると、人の心は進化する「霧はれて光きたる春 Shining Spring after Clearing Fog」

毎週出会った「アイデアの種」トップ3を、

自分なりに深堀りして書き留めます。

 

今週はなかなか悩みましたが、1位は、

病棟の吹き抜けに"シャボン玉"を降らす

「霧はれて光きたる春 Shining Spring after Clearing Fog」です。

 


霧はれて光きたる春 Shining Spring after Clearing Fog - YouTube

 

大阪市立大学付属病院で行われた、インスタレーション・アート。

この病院には大きな吹き抜けがあり、建築的には光を取り入れるデザインですが、

病院の関係者からは「こんなところ潰してベッドを置いた方が、もっとたくさんの患者が助かる」と入れてしまうような場所でした。

誰も見向きもしない場所。必要とされていない場所。

 

そんな場所から、1日のうち30分だけ、

突如"霧"が立ちこめる。

そして霧が晴れた頃には、無数の"シャボン玉"が雪のように舞い落ちてきます。

 

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患者の多くは自分の病気に対して、ただただ不安。

しかし、看護士たちは日々の激務で、そんな患者達の気持ちも置き去りになっている。

 

そこに、"奇跡"を起こす。

"霧"を患者達の不安になぞらえて。

"シャボン玉"を、霧が晴れた先の光に見立てて。

 

多くの人が、今まで見向きもしなかった窓辺に集まり、

非日常の美しい景色を、ただただぼんやりと見上げる。

ふと対面を見ると、同じように上を見上げる人たち。

 

診察に疲れた医者や看護士も、もう治らない病気を抱えた患者も、

この瞬間すべての自分の役割を忘れ、演技することを忘れ、

ただのおじさんになっている。お姉さんになっている。子どもになっている。

 

ただの、人になっている。

 

 

病院という場において、

日々悩み、疲れ果ててしまう自分の置かれた役割を忘れ、

ただただ感動できる体験がもたらす意味、効果は、どれほどのものなのでしょう。

 

普段演じていた役割を忘れ、ただの人同士として見つめあう微笑ましさや、

そこから生まれる深い深い関係性は、どれほどのものなのでしょう。

 

なんて素晴らしいのだろう、と感動してしまいました。

 

 

こうしたことが、「アートではなく医療になってほしい」

と願ってデザインしたのは、ナカムラチカヒロさん。

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彼が様々な作品を通じて呈示するのは、

本当の豊かさを得るために必要なのは「モノ」ではなく「心」を進化させること。

 

そのために、モノやコトへの見方を変える"まなざし"をもつことで、

今まで無意識に見落としていたものに目を向け、

モノ・コトとヒトとの関係性を再構築することが必要だと提唱します。

 

 

子ども達に"ミニチュアアート"を通じて、

普段目にするものに空想の物語を感じさせる

「GULLIVER SCOPE」

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変哲のない森の中に"造花"を忍ばせることで、

美しい景色が本当のものなのか嘘のものなのかを疑わせて

本当のいのちを見分けるために森自体をじっくり観察したくなるようにした

「THE 4TH NATURE」

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どれも示唆に富んだ、素晴らしい取り組みだと感じました。

 

前回のブログで紹介した

生まれて初めての雨に興奮する赤ちゃんの動画にも通ずるところがありますが、

 

世界を素晴らしいと感じるための"まなざし"を持つことの、素晴らしさ。

それは、ある言葉や出来事や気づきの中で、きっと得られる。

 

そういうものをつくっていかなければならない、と

強く強く思いました。