思考の補助線

徒然なるままに、思ったことを書き留めます。

理性や言葉を追い越して"伝わってしまう"媒介に託す「A Heartbeat's Journey」

今回取り上げるのは、

NGOSave the Childrenが2012年に実施した

A Heartbeat's Journeyという施策です。

 


Save the Children - Feel Again (A Heartbeat's ...

 

Save the Childrenが普段実施している、

難民キャンプ等の人たちへのメディカルチェック。

 

その際、子どもたちの「心音(鼓動)」を録音して、

音源をアーティストのOne Republicのメンバーに手渡します。

そしてその心音(鼓動)のリズムをベースにした楽曲「Feel Again」を制作し、

その売上げの一部をSave the Childrenに寄付したという試み。

 

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この施策を知ったとき、

素晴らしい!と膝を打って感動してしまいました。

それをなぜだろう、と考えた時、

3つの要素があるからだと思い至ったので考察してみます。

(みっつめ、が最重要ポイントのつもりです。)

 

 

① 暗い問題を明るく、ポジティブに伝えるトンマナ

 

まず、ひとつめ。

それは、暗くネガティブに訴求されがちな

「貧困」「寄付」といったテーマに対して

圧倒的なまでのポジティブさ、気持ち良さがあるからこそ

 多くの人が振り向き、関わりたいと思うことができたということです。

 

こういう問題を取り扱う際、よくありがちな訴求として、

よく街頭での寄付の呼びかけにもありますが

 

「3秒に1人、子どもが亡くなっています」だとか

「これだけ可哀想な子どもたちがいるのだから、助けて下さい」だとか

 

問題のネガティブな側面にスポットライトを当て、

義務感や使命感を煽って寄付を促すケースがとにかく多い。

 

それを間違いだと言うわけではありませんが...

 

お茶の間や街角で、普段通りの生活を暮らす人々の気持ちを想像すると

当たり前ですが、少しでも明るく、楽しい1日を過ごしたいと思っている。

 

そうした中で、TVで、街頭で、

いきなり社会の問題を突きつけて

「寄付をしないあなたは慈悲のない、あたたかい心の欠けた人だ」

と言わんばかりの義務感や使命感を強要されるわけですから

当然受け入れ難いと言うか、耳を傾けにくいわけですよね。

 

ただ、いつも難しいなぁと思うのですが、

こうした問題を発信する人たちは、いつも真剣に社会問題と向き合っている。

一緒に悲惨な現状の中に身をおき、苦しみを共に噛み締めているからこそ、

悲痛な想いで気持ちをぶつけたくなってしまう。

自分の中に芽生えている使命感が、他人の中にもあると思い込んでしまう。

 

だから結果的に、そうした熱すぎる温度のメッセージを押し付けるような

訴求の仕方になってしまうのだと思います。

 

おそらく、この企画の前提として、

「伝える側と受け取る側との間には気持ちの大きなギャップがある」

ということを真摯に見つめることから始まっているのではないでしょうか。

 

寄付を集めるには、ふつうの人たちの協力が不可欠。

そして、ふつうの人たちが毎日の生活の中で振り向きたくなり、

危機に瀕する子どもたちへの関心を寄せたくなるものは、きっと、

 

お茶の間でTVを観たり、街角のカフェで談笑するのと同じように 

明るく、ポジティブな気持ちよさがあるもの。

そういう考え方は、とても重要なように思います。

 

 

② 相手の大好きな関心ゴトと関連付ける

 

ふたつめです。

この考え方は、以前書いたエントリー( ↓ )とも共通しますが

 


相手自身にではなく「相手の大好きなものにいい影響を与える」という切り口 - Concert Milk - アイデアの補助線

 

この企画では、有名なアーティスト「One Republic」を活用。

このアーティストのファン、ポップ&ロックのファンにとっては

 

One Republicがこうした問題に関心を寄せ、何かを変えようとしている

 

という姿勢、そして音楽を通じたメッセージングがきっと、

ぶっ刺さりますよね。

 

自分が語りかけたい相手が好いているヒトやモノ、コトに

自分の関心を寄せてほしいこと(貧困問題)を語ってもらうという手法は

やはりものすごく効果的だと思います。

 

そして、媒介が「音楽」であることもものすごく重要ですね。

音楽の人に訴えかけるチカラ、動かすチカラは本当に強力です。

 

そしてそれを、単なるメッセージング以上のものに仕上げた。

こここそがこのアイデアの本当に素晴らしいところだと思いますが

それはみっつめのポイントで語りたいと思います。

 

 

③ ハッとする事実に、強く、強く、触れる

 

さて、みっつめです。

こここそが最重要ポイントだと思います。

 

今回の企画で促したい行動は、寄付。

そして伝えたい事柄は、「助けられるはずの貧しい子どもたちがたくさんいる」ということ。

 

でもね。こういっては語弊があるかもしれませんが、

"そんなことは、みんな知っている"時代だとも思うのです。

 

これまでもこうした事柄はたくさん言われ続けてますし、

ましてやSNSを始めとしたソーシャル時代では、

こうした情報に、当たり前のように触れる。

 

だから、みんな悲惨な現状の写真や情報は見たことがあるし、

知ったつもりにもなっている。その上で、目の前の生活に没頭している。

そうした人たちに、あらためて事実を伝えても発見感はないわけで

ましてや「助けてください」なんてお願いされても

 

この問題だけじゃないしなぁ、とか、

またこういう系の話かぁ、とか、

そんなことを思いながら尻込みしてしまう気がします。

 

そうした”知ったつもりになった上で、関わることを選ばない”人たちを

振り向かせ、関心を抱かせ、解決を願うように育てるために、

一番強く響くメッセージって何なのだろう。

 

 

そう思うと、実は一周まわって、

 

 ここに、生きている子どもがいる。いるんだ。

 

という、当たり前すぎる事実を、

まっすぐ、ありのままリアルに、強く、強く、届けること。

だと思ってしまいました。

 

 

そしてそれこそが、

 

 トクン。トクン。

 

と、確かに今も地球のどこかで生きる子どもたちが響かせる、

鼓動そのものに耳を傾けること。

 

それはまるで、生死をさまよう人の胸に耳を当てて

あぁ生きてる、生きてるよと、「生」を強く実感し感動する行為に似ています。

 

 

自分の生活を鑑みると、想像を絶する環境で生きる子どもたち。

その子どもたちが今も響かせる、弱々しくも、強い、あまりにも強い鼓動。

そこに耳を傾けてしまったら、この生きている命を守らなければ、と

全人類が同じ方向を見て思ってしまうのではないか。

 

そういう気づきが、この企画の根っこの部分にある気がします。

 

貧しい子どもたちの写真を見るだけでは決して感じることのできない、

理性や言葉を追い越して「生きている」という

リアルすぎる情報が"伝わってしまう"鼓動という媒介を発見したのは、

本当にすごいなぁとつくづく思わされます。

 

 

そしてそれを①、②で考察したポイントに留意しながら

鼓動も「音楽」のひとつとしてとらえ、

単なるメッセージング以上のものに仕上げた。

この転換も、素晴らしいですね。

 

 

ちなみに...

 

僕の大好きな漫画「最終兵器彼女」の一節で、

兵器化して耳が機能しなくなってしまった女の子「ちせ」が

それでも聞こえる、彼氏「しゅうじ」の鼓動を聞きながら

 

 あぁ、聞こえる。

 ラブ・ソングだ。

 

といった感想を漏らすシーンがあるのですが、

ふと、その情景が目に浮かんだりしました。

 

 

人が生まれてから奏で続ける鼓動は、「うた」。

「ラブ・ソング」なんだ。

 

そんな、あまりにも素敵すぎる物事の捉え方にも

どこか通底しているように感じたからこそ、余計に、

この企画をとても素晴らしいと感じてしまった自分がいるかもしれません。